大変な思いをしても出かける理由ってある?

大変な思いをしても 出かける理由って? つれづれ

昨日の記事でお伝えしたように、現在帰省?というのか?実母の実家、現在はほぼ空き家状態の家に来ています。

今日は絵を描く時間がなかったので、エッセイのような文字がたりを少し。

本音を言えば、子連れ犬連れの遠出はしんどい。でも……

やはり田舎でしばらく家を空けている状態なので、虫が居たり湿気があったりと赤ちゃんや犬を連れて行くには少し心配な環境ではあるのですが、親孝行の一環だと思って気合を入れて荷造りをいたしました。

色々あって20代の頃、他人と関わる就業が難しかった私は、祖母の家を改築してもらい飲食店としてオープンしてもらいました。祖母の遺産で、母がやってくれたことです。

水回りの位置の関係もあってか、私が思っているより店舗は大きくなり、とても私と母だけで回せる規模ではなかったのですが、改築をしてもらった上で、数年後父が倒れ、介護が必要となり、それと共に東京へ舞い戻りました。

夫はそのことも関係なしに結婚を決めてくれていましたが、田舎の飲食店はシーズン中は忙しいものの1年を通しては安定しない中、夫に仕事を辞めてもらうわけにもいかず、そのまま東京へ居着いてしまったのです。

もちろん病気のあった私は随分と母に苦労をかけてしまっていたこともありましたが、その上多額の資金で改築をしてもらった手前、それ以来私は母に頭が上がりません。
母がそれを求めているとは思っていませんが、私にできることはできる限りやらねばという気持ちは常にあります。

守るものが多いのは、辛い事も多いけれど

産まれた子供の未来も大切だし、こんな背景のある私を家族ごと大切にしてくれる夫も大切にしたい。そんな夫の家族にもとても感謝をしている。
もちろん、ずっと一緒に居てくれた連れ子状態の愛犬のことも大好き。(犬はどうも私のことが嫌いだが)

義務的なものを差し引いても、母親のことももちろん大切です。
訳あって父とは関係が良くありませんが、私にとって夫が大切なように、母にとっても大切なのだろうと最近ではできる限り話すようにもしています。

大切にしたいものが多すぎるのに、今の私にはそれらを全て守れる強さがありません。
自分の時間の切り売りでなんとかもがいていますがそれには限界があって、そしてその限界は私の希望よりもずっと低い位置にあります。

こんな経緯で、できることはなんでもやろう、駄目なら次の手をどんどん考えてやってみようと思うようになりました。

守るものがない時の方が辛かった

今思えば、20代で鬱の傾向が強かった時は「大切にされている実感」がないのではなく、「大切にするもの」がなかったように思います。もちろん自分も含めて。

大切にするものがないから、息をするのも大変になってしまった時踏ん張れない。
大切にするものがないから、頑張って得られるもののビジョンがない。
大切にするものがないから、その日で終わっても特に後悔もない。

今の私は、明日世界が終わったらすごく悔しい。
だって息子に伝えたい楽しいことはまだ1%にもなってない。
だって夫と作りたい思い出は数えきれない。
だって犬がこの家に来て良かったって思ってくれている自信もない。
だって母が行きたいと行っていた場所へまだ連れて行っていない。

同じ”ない”でも、今は随分と前向きに。

勿論忙しすぎて目が回るし、しんどくて眠くて辛いこともたくさんありますが、未来の「明日世界が終わっても私はもう大丈夫!」と言える日を夢見ると、あとほんのちょっと踏ん張れるようになりました。
もちろん、ふとした瞬間に不満を言いたくなることはありますが!でも、今は毎日こう言えるように頑張っています。

よお〜し、明日も私に任せとけ。

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